この場所について

この場所について、最初に書き記しておきたいと思うのだが、何から説明したら良いのか、少し迷っている。今、匿名の僕が、誤解を恐れることはないのだけど、ただ “あるものは丁寧に取り扱いたい” とは思っている。

僕はかつて、長く音楽活動を行っていた。ライブハウスで演奏したり、自宅で楽曲制作したりと、いわばアマチュアのバンドマン(主にはスリーピースバンドで、ギターとボーカルを担当)で、2015年に、もはや活動は終焉間際だった。

それでも、自分の出来る限りの形を残しておきたいと思って作ったのが、この『クルミと森の物語』だった。

当時の僕は、それを「どうしても音楽と同時に歌詞を読んでもらいたい、なんだったら半強制的の形でも」と、何ともおこがましい考えをし、そのエゴからの情熱と拙い技術で iOS のアプリ化、販売。身近な人と、ほんの僅かなファンの方が買ってくれた。

言うまでもないが、その販売は長く続けられなかったし、やがて音楽も同様だった。

——10年の時間が経過した。

2025年の春のある日。
仕事で使い始めた ChatGPT に「むかし音楽をやっていてね」と、雑談をしていたのが最初のキッカケになった。

歌詞が書かれていたテキストファイルを、眠っていたフォルダから呼び起こし、ChatGPT に読ませて(例に漏れず)褒められ、おだてられた。本当はそれだけで十分だったのかもしれない。

ただ少し、行動の背中を押される。
「これは形にすべきです」と。

そして、空き時間に少しずつ構想を練り、実行できる形を模索し、このような形が出来上がったというわけだ。

この時代らしく、AI にアレンジさせ、歌わせ、可能な限りの AI 活用で、質の良い形にしようかと考えた時期もあった。自分の拙い演奏やアレンジ、そして歌を、今更まとめる意味はあるのだろうかと、自問自答したこともある。

あるいは、ただの思い出づくりなのかもしれないと。考えればきりはない。

ただ、自分の中では「10年間」という時間が、とても良い形に作用してくれた。懐かしむ気持ちではなく、新鮮な気持ちで楽曲を聴くこと、そして物語を読むことができた。今これに触れられて良かったな、と。

そういう意味では “誰かとそっと共有したい” のかもしれない。

かつて音楽活動に励んでいた時の、前のめりの情熱は、今は無い。それをさみしく思う時期も、とうに過ぎ去っている。かといって、音楽そのもの、音楽の全てに冷めているわけではないし、今でも音楽は好きだ。たまにギターを弾きたくなるが、手元に無いのが僅かにさみしい。そう感じるくらい。

つまり “いい塩梅” なのだ。
自分にとって。

だから。
人に押し付けることなく、この場所を整えることが出来たんじゃないかと思う。