物語の土台

大病を患っていると知る。

兆候は半年ほど前に明確なものがあり、その際にも「病院に行ったほうが良い」と助言してくれた人がいたのだが、生活習慣の見直しによる改善で「たぶん大丈夫だろう」と判断してしまった。

先日、その兆候を無視できなくなり検査に行った。それでも尚、気楽な気持ちで結果を伺ったのだが、実際は想定していた最悪を遥かに超えていた。

病院への紹介状を受け取り、現在は連日の検査。来月からは手術と入院になる見込みだ。

さて、何を述べたいのかといえば。

それよりも前に、自分の中にあったものを、きちんと外に出しておいて良かった。ほんの小さな自己満足ではあるが、胸のつかえは無い方が好ましい。

『クルミと森の物語』では、死や転生を描いているように見えるだろう。けれど土台にあるのは、転生があるという話ではなく、そもそも “死というものが存在しない” という感覚だ。

それだと物語に矛盾が見えるかもしれないが、それは矛盾ではないし、あるいは矛盾したままで構わないとも思っている。

人は、その認識のとおりに世界を見ている。
僕は、そんな風に捉えている。