まるで一つひとつのことを最初から丁寧にやり直しているようだった。
それを知識ではなく体感として知らされている。
赤子はオムツの中に排便をしてそれを褒められる。
便が出ないことは問題であり健康と成長のバロメーターでもある。
術後の自分も同じだった。
紙オムツをめくられ
「良い便出てるね」と言われる。
患者に気を使った一言なのかもしれない。
それでも同時に必要な経過であることは理解できた。
身体に繋がれていた管が一つまた一つと外れていくたびに実感する。
呼吸ができること。
座れること。
立ち上がれること。
歩けること。
自分でトイレに行けること。
水が飲めること。
眠れること。
誰かが手を差し伸べてくれること。
そのすべてが有り難いと心から感じられる。
綺麗事ではなく本当にそうだった。
病院食は美味しくないとよく聞くがそんな風には感じなかった。
食べられること自体が有り難かったのだと思う。
信じられないくらい美味しかった。
噛めること。
飲み込めること。
点滴ではなく自分の身体を通して栄養を受け取れること。
やがてそれが巡って自分の意思で排泄できること。
自分が自分として生きていたこと。
その当たり前がすべて奇跡のように感じられた。
言葉にすると安っぽくなる。
それでも今はこうして言葉にするしかない。