医師は、事前にリスクの説明を行い、それに同意したうえで治療を進める義務があるそうだ。もちろん、それは必要なことだと十分理解している。
「そんなの聞いていなかった」となれば、あとからお互いが困ることになる。
ただ実際には、ごく軽微なリスクまで説明する義務があるからだろうか。肝心の治療の話よりも、リスクの説明の方がはるかに長く感じられた。その情報量に、かなりの疲労を覚えた(それに気づいたのは、帰宅してからだった)。
日常ではまず耳にしないような言葉や可能性が、次々と提示された。気が張っていたのだと思う。悲観していたわけではない。それでも、前向きさだけでは押し返せない倦怠感のようなものが残った。
手術とは、思っていたよりもずっと重いものらしい。
アプリを削除して、再起動をかける——
そんなふうにはいかない。